8月13日は、タイ南部ソンクラー県出身の歌手ブッサヤー・ランシーの生誕日に当たる。タイの楽団スントラーポーンで歌い、大学や学校に結び付く楽曲で広く知られた。確認できた資料をもとに、本名、活動の出発点、代表曲とされる作品、没年までを整理する。
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1940年8月13日、ソンクラー県に生まれる
ブッサヤー・ランシーは1940年8月13日、タイ南部ソンクラー県で生まれた。本名はマニー・タッパランシー。タイの音楽配信サービスJOOXのアーティスト紹介と、タイメディアNaewnaおよびKapookの記事はいずれも、生年月日と出身県を一致して記している。
学歴については、タマサート大学で商学・会計学を学んだと伝えられる。学生時代には歌唱活動を行い、のちにスントラーポーンの楽団と接点を持つことになった。
タマサート大学で始まったスントラーポーンとの関わり
NaewnaとKapookによると、ブッサヤーはタマサート大学在学中の1959年8月初め、同大学で演奏したスントラーポーンと共演した。その後、楽団に加わり、「ブッサヤー・ランシー」の名で活動した。
初期のテレビ出演作として両媒体が挙げるのが「ナムター・ダーオ(น้ำตาดาว)」である。Kapookは、この曲が彼女の名を知られる契機となったと報じている。JOOXの掲載作品にも「クラシップ・サワート(กระซิบสวาท)」など、ブッサヤー名義の楽曲が確認できる。
教育機関に結び付く歌で知られた歌手
ブッサヤーは、大学や学校、軍の各組織に関わる歌を多く歌ったとされる。Naewnaは、タマサート大学、チェンマイ大学、カセサート大学などの歌に加え、各機関の別れを題材にした曲も歌唱したと紹介している。
こうした活動から、タイ語で「ราชินีเพลงสถาบัน」と呼ばれた。日本語では、学校・大学など教育機関の歌を象徴する歌手という意味合いで用いられている。JOOXもこの呼称とともに、別れの歌で知られる歌手を意味する「ราชินีเพลงลา」の異名を掲載している。
代表曲と2010年の死去
資料で繰り返し名前が挙がる作品には、「ナムター・ダーオ」のほか、「クラシップ・サワート」「ドーム・ナイ・ドゥアンチャイ(โดมในดวงใจ)」「アーライ・ドーム(อาลัยโดม)」「ファーク・モーン(ฝากหมอน)」がある。曲名には、大学などの機関名や別れを示す語を含むものもあり、彼女の活動領域を伝えている。
ブッサヤーは2010年2月15日に死去した。生年と没年はJOOXの紹介ページにも掲載されており、NaewnaとKapookの過去記事も同日の死去を伝えている。8月13日は、タイ近代ポピュラー音楽の一時代を担った歌手の生誕日として振り返られる日となっている。

